![]() 朝5時まで営業している一部の人達にはとてもありがたい寿司屋が新しくできました。鈴乃家です。 浦和駅西口から徒歩3分サクラヤの裏手になります。 お店の方も気さくで、その日の本当のオススメをありのまま教えてくれちゃいます。 貝好きな方は特に嬉しいのは生きてる貝をその場で握ってくれます。 個人的なオススメはネギトロ!これもその場でたたいて軍艦ではなく握りで出してくれます。 カウンターと座敷がありカウンターのみ禁煙です。 回転寿司方式のお会計もシンプルで分かりやすいし、数人で行った場合も自分が幾ら出せば良いかすぐに分かるのも良いかもしれません。 日本酒好きにも嬉しいお酒があるかも! 住所:さいたま市浦和区高砂1-8-14 電話:048-822-3525 |
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この週末は成人式という事で3連休となった。
様々なメディアで成人式が取り上げられていた。 前年の成人の日の翌日からその年の成人の日までに誕生日を迎えて 二十歳になる新成人を祝福し責任ある大人、社会人としての門出を祝う日であるらしい。 「成人」 いわゆる人生においての通過儀礼のひとつ。 現代の日本においては、この二十歳という年齢を区切りとして それまでの10代と大きく社会的に区別されている。 昨今問題視されることが多くなった少年法とも関係ある区切りである。 日本各地で「成人式」がもようされ 毎年毎年事件や事故が起こる「成人式」 だいたいこんなモノを自治体などが企画して行う意味はあるのだろうか? そこに参加するほとんどの新成人達が「儀式」として認識して集まっているのだろうか? 送り出す親もそうだ。我が子を大人として社会に送り出すといった意識よりは 誰よりも高価な着物を着せて、誰よりも奇麗な髪型をさせて、誰よりも・・・。と見栄を張り合う 大イベントと化しているのではないだろうか。 もちろん成長を喜んでいるのは間違いなく事実だろうが、 基本的に「成人式」といったモノの本質が見えていない。 それに「成人」の祝い事を大々的にお披露目する必要があるとは全く思えない。 子供の成人を喜び、祝うのは家族だけで十分なのではないか? それに「大人の仲間入り」とは随分上から目線だとわ思わないだろうか。 今夜も色んなテレビ番組で成人にちなんだ番組や報道があった。 その中ではお決まりの「成人として立派に。」だとか「大人としての責任が。」とか もっともらしいコメントが飛び交っていた。 しかしながら当の大人が立派で責任ある生き方が出来ているなんて 残念ながら誰も思っていない。 いまコレを書いている自分自身も、お世辞にも立派で責任ある行為が出来る 大人だとは全く思えない。 「成人式」 一体何の為に毎年毎年執り行われるのか? ただのお祭り騒ぎになるとわかっていて続ける方も、 パーテイーの感覚で集まってくる方も、どちらも救いようがない。 |
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今年もより色々な情報を載せて充実したサイトになるように出来ればと思っております。
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