昨年8月に福岡県で起きた飲酒運転による死亡事故。
犠牲者は子供3人。
この事件の裁判で危険運転致傷罪での立件が困難であると
連日報道がなされている。
現行の法律の規範においては、この加害者には業務上過失致死が妥当であると
判断するしかないという裁判所の見解だそうだ。
この危険運転罪という法律そのものが
非常に曖昧な法律だという事は知られている。
そうして加害者が事故直後に逃走し現場に戻って来たのは約40分後で
報道によれば約1リットルの水を飲み
体内のアルコール濃度を誤摩化そうとしていた事が
保身による卑劣な行動だった事も知られてる。
今回の裁判所の判断は法律上は問題ないであろう。
しかし、この判断を下した裁判所及び裁判官が
心情的にも納得した判断だったとは考えにくい。
では何故このような判断を下し検察側に示したのか。
それは弁護士という存在のせいだ。
弁護士とは何なんだ?とう疑念がわいて仕方が無い。
検察側からの一方的な量刑の申し立てだけで
加害者が不当な刑罰を受けないようにするのが
弁護士の立場ではないのか。
それが最近の事件にかかわる弁護士達を見ていると
加害者の刑をどれだけ軽く出来るか、
それも法律のグレイゾーンを盾にして
重い刑罰を受けるべきはずの加害者を弁護する。
まるで検察が悪で、自分達が正義かのように。
まったくふざけている。
重大な事件を起こした場合には決まって
加害者の精神鑑定が行われる。
事件当時は正常は判断が出来る状態ではなかった可能性がある為に
加害者の精神鑑定を弁護側が要請する。
重大な事件を起こした時に正常な判断が出来て、
冷静に行動出来て、精神状態が安定していたとしたら、
そっちの方がよっぽどオカシイ奴ではないか。
事件、事故を起こした時に平常でいられたハズがないという
当たり前の考えはクソ弁護士にだって出来るだろう。
弁護士として本当に一生懸命仕事をしている人もいるだろう。
しかし、ここではあえて言わせてもらう。
「オマエ等が守るのは加害者でもなければ
ちっぽけなオマエ等の理念でもない。
守るべきものは人だろうが!
人とは加害者であり、被害者であり、
そうして両方の家族だろうが!
オマエ等がやってるのは弁護じゃない。
法律を使ったゲームだ。
もっともらしく屁理屈をならべているだけだ。
ふざけてんじゃねぇぞ!ボケが。」